制服記

シティガールたちよ。

まいにちをたのしくいきるちょっとしたこつ

 

というタイトルの記事をみるまえに自分で考えてみようと思って書いている。

 

最近、失望、あきらめ、自分の弱さ、そういうものと向き合って出た考えとしては、自分を誰より尊重し、自分に夢中になること。

 

楽しく生きるコツ、というより安定して楽しくいるための必須条件という感じ。

 

どれだけ素敵なひとが、素敵な関係が、最高のものがあっても、自分が1番でないといけない。

これはみんなに適用されるわけでなく、私はそうだ、というだけの話。

信じて、裏切られて、また信じること。ドラマチックで刺激的でつらい。

結局きついときに私を支えてくれるのは、フラットな感情と、私なら大丈夫、という心意気だけ。

裏切られたあとのフラットな、すべてどうでもいいような投げやりな、全部私次第と希望がある、淡々としたあの気持ちこそ本物な気がする。

楽しくいるなら、執着してはいけない、縛られてはいけない、比べる意味はない、自分であらなきゃいけない、自分であるのが1番いい。

うらやましいあの子も、愛しくてずるいあのひとも、尊敬していて嫌いなあの彼も、そして私も、全員いやになるくらい人間だ。人間臭くて、自己中心的で、矛盾していて、悲しくなるくらいに人間。気持ち悪いけれど、だれも完璧にはなれない。

 

概念的な嫌い、執着的な愛、否定的な比較、自暴自棄的なやさしさ、尊敬のない恋心。

全部、全部きらいだ。どうしようもない。そんなもんかもしれない。

いつでも私を救うのは私だし、私の希望だ、それだけ。

あのフラットな感情こそ、至高だと思う。私が嫌う自分勝手さこそ、憧れられるものだと思う。嫌いでも、やらなきゃいけない。自由にあること。自分であること。誰にも縛られないのがみんなに愛されるコツか。評価されたくない。いつだって評価される社会で生きてる。自分を殺せたら私のすきな私でいられるのに。でも俯瞰なんて陳腐だ。

「成功する秘訣は真実から目をそらさないこと。」

残酷で、シンプルな、一番の心理かもしれない。素直に歪めたらいいのに。