制服記

シティガールたちよ。

しんやいちじ、がいとうのしたにて

 

どうせ、どうせ二の舞だ、このまえの悪夢と一緒だ

 

酒にほだされていい気分になるとわからなくなるんだ、誠か嘘か

いや本当はわかっているはずで、見ないふりをしているだけで、それはそうと割り切るべきなのに

誰がいようと、とか、誰よりも、とか、そんなの嘘に決まってる、それよりなにより私が嘘だ。

いま手元にある物が大事、それでも人に求める、そんな求め方が誠実なわけないのに、それでも、ロマンスをみれるひとを探してる。

そのロマンスは虚構だ、性欲だ、都合上の理由だ。

わかってるはず、もう学んだはず、それなのに、同じ手法で、また騙されそうで、そんなよわいじぶんも、しょうもない思いも、それに比較してどうしようもない無条件の愛情も、情けない、ずるい、嘘っぱち。

私の愛おしくて憎い彼を、そんなもんじゃん、と一蹴してくれたのが、嬉しくて甘えたくなったの。

しみるさむさをしろでけす

 

無数の提灯が扉を隔てて光る。提灯そのものか、宿された祭りの記憶か、なんだか心を軽くしている気がする。

 

私は、変われているだろうか。

 

生まれ育った土地からたったの2時間離れたところに新しい小さな家を持った私は、1ヶ月に1度くらいは実家に帰っている。

10時間の夜行バスを経てやっとついた土地は、県1番の主要駅の周りさえいくつか商業施設があるくらいで、もうほぼ把握してしまった気持ちになる。

なんとなく、愛着を覚える土地だ。

 

寒さも桁違いで道路の端には雪が残るここで、もうそろそろ2年を過ごす彼女は楽しそうだった。

高校の頃の純粋さは変わらず持っていてくれて嬉しい限りだけど、強さがあった。

地元から異国に渡れるほどの所要時間がかかるここで、まったく0からの人間関係を築き、自分のやりたいことに向き合ってきたんだろう。

なんの屈託もなく、たのしいよ、と夢を語る彼女をみて心底安心した、すごいと思った。

 

「やっぱり趣味の話とかは大学の人の方が、ほら、業界用語とかあるじゃん、だから話しやすいし楽しいよね」

といわれた。

業界用語は使わず私に自分の最近のことや夢を話してくれた優しさ、0から始めた2年間の関係を素敵だと断言できること、強いなと思う。

 

最近男と別れたあの子も、ここにいるあの子も、強くなったようにみえる。なにかが、変わっているように。

この手先が一瞬で凍える寒さに鍛えられて、強くなったんだろうか。

私は、変われているだろうか。

生温い都会に揉まれているだけだったんだろうか、などとつい考えてしまう。

 

 

 

まいにちをたのしくいきるちょっとしたこつ

 

というタイトルの記事をみるまえに自分で考えてみようと思って書いている。

 

最近、失望、あきらめ、自分の弱さ、そういうものと向き合って出た考えとしては、自分を誰より尊重し、自分に夢中になること。

 

楽しく生きるコツ、というより安定して楽しくいるための必須条件という感じ。

 

どれだけ素敵なひとが、素敵な関係が、最高のものがあっても、自分が1番でないといけない。

これはみんなに適用されるわけでなく、私はそうだ、というだけの話。

信じて、裏切られて、また信じること。ドラマチックで刺激的でつらい。

結局きついときに私を支えてくれるのは、フラットな感情と、私なら大丈夫、という心意気だけ。

裏切られたあとのフラットな、すべてどうでもいいような投げやりな、全部私次第と希望がある、淡々としたあの気持ちこそ本物な気がする。

楽しくいるなら、執着してはいけない、縛られてはいけない、比べる意味はない、自分であらなきゃいけない、自分であるのが1番いい。

うらやましいあの子も、愛しくてずるいあのひとも、尊敬していて嫌いなあの彼も、そして私も、全員いやになるくらい人間だ。人間臭くて、自己中心的で、矛盾していて、悲しくなるくらいに人間。気持ち悪いけれど、だれも完璧にはなれない。

 

概念的な嫌い、執着的な愛、否定的な比較、自暴自棄的なやさしさ、尊敬のない恋心。

全部、全部きらいだ。どうしようもない。そんなもんかもしれない。

いつでも私を救うのは私だし、私の希望だ、それだけ。

あのフラットな感情こそ、至高だと思う。私が嫌う自分勝手さこそ、憧れられるものだと思う。嫌いでも、やらなきゃいけない。自由にあること。自分であること。誰にも縛られないのがみんなに愛されるコツか。評価されたくない。いつだって評価される社会で生きてる。自分を殺せたら私のすきな私でいられるのに。でも俯瞰なんて陳腐だ。

「成功する秘訣は真実から目をそらさないこと。」

残酷で、シンプルな、一番の心理かもしれない。素直に歪めたらいいのに。

 

 

 

つかのまのぜつぼうをあいして

 

冬の気温と湿った空気じゃ、どれだけ外にさらしても洗濯物が乾かない。

 

もしかしたら、という不安が頭をよぎる。

彼らより優れた気でいた私は、ただ本音で傷つき考える機会を失っていただけかもしれない。

俯瞰なんていらないものなのかもしれない。

私が信じているすべては凡人向けのものかもしれない。

天才になれないかもしれない。

ロマンスなんてなかったのかもしれない。

自分が持っているものなんてみんな持っているのかもしれない。

天才とはああいうことをいうのかもしれない。

私が語るすべては誰かが語ったものかもしれない。

私がみている世界なんて狭くてどうしようもないのかもしれない。

私が描くストーリーなんてただのおままごとなのかもしれない。

ただ執着しているだけなのかもしれない。

所詮、こんなもんかもしれない。

 

ひとつ、現実を突きつけられたら、執着しないでいられる気がした。

あんなわがまま、ただの甘えだった。

いつでも、離れうる。いつまでも一緒に、とかいって束縛しているいまは何だ。

願っても祈っても思っても伝わらないことがある。

日常とは残酷だ、平気な顔して現実をいきなり突きつける。

 

もう、最初からどうしようもなかったのかもしれないなんて、スタート地点を見比べて絶望してみる。

まるで運命づけられたような、もはやそうなるしかなかったような立派らしいストーリーを描けるひと、どこまでも自由で、甘ったれた夢をみるひと。

どう落ち込んだってどう絶望したふりしたってどれだけ自虐したって自暴自棄になったつもりになっても私にはできないことがある。

私は、絶対に私でしあわせになることを諦められない。どうせ泣いたら前を向く。

 

ゆあがりにこいごころ

 

信じていたのに、そんな無責任な話はない。

そうだとわかっていても期待し、信じ、崇拝し、投影し、生きる糧にする。そして、ある日絶望する。

恋も、友情も、信頼も、崇拝も全部そうだ。

 

どこかでずっと期待している。

どれだけ適当に扱われてもいいと言いながら自分を見てくれなくなったら嫌いだと叫びたくなる。好きではないと言いながら失恋する。自分と大して変わらないと思いながら完璧を願う。

不都合をみたときには、現実逃避する、現実を歪めて解釈する、あきらめる、嫌いになる、強がる、切り替える、どうしようか。

誠実に向き合ってもいないのに誠実を求める。与えなくても与えられたいと思っている。完璧じゃないところが好きなんて言うけどそんなのは嘘だった。

 

最初からずっと夢を見ていたのかもしれない。そこにはロマンスも情愛も特殊もなかったのかもしれない。

あきらめてもいい、嫌いだと嘘をついて情けなくてもいい、強がってもいい、けど、愛していたい。いくら完璧じゃなくても裏切られてもそれでも愛したい。大好きだとか言って泣きたい。

はじまりも、経緯も、別れの理由もなんだっていい。ひとが誰かとつくる関係はいつだって特殊で変で理解できないものでいい。正しさを求めなくてもいい。嫌い嫌いと言いながらすきでも、どんな扱いを受けてもすきでいても、すきといいながら嫌いでも、あきらめて愛してもいい。

 

信じていたのに、愛していたのに、いまでもすきなのに裏切られても好きでいたい。

不変はない、いつか変わる、そのときを待ってもいい。影響し合い続けられる限り、終わらない気がする。

たった一瞬の、いつもと違う表情で言う言葉だけを信じて夢見たっていい。

 

おいしいごはんはひとりで

 

私が仲よくなるのは似てる人と反対の人の二極かな、と書き進めて気づくのはみんなどこか似ているから仲良くてどこか似てないから一緒にいるのだと。

最近仲いいふたりは揃っておいしいものをひとりで食べるのはさみしいというんだけど、それがどうも理解できない。

 

さみしさを伝えないのもまた愛なのだ。

ここぞとばかりに大学の人気度が顕著に表れるような規模と盛り上がりを見せる学祭の期間になった。

私のサークルは1年生だけがすごく忙しいけど、その分同期と仲よくなる。私たちは去年このころから一段と仲よくなった同期と、もう1年か早いね、とか言って懐かしむ。

去年は忙しかったり技術的にも微妙だと思って出なかった学祭ライブに今年は出た。

うれしくてストーリーで告知しようかとも思ったけれど、なかなか難しいフレーズがあるので緊張が勝って載せられなかった。永遠に載せられない気がする。

一番いい形では弾けなかったけどまあ見るに耐えうるものだったらしく、ただの飲み会要員と思われている私をみんな褒めてくれた。単純にうれしかった。

久しぶりに開放感のある打ち上げでは同期に飲まされたあと、すきな男の先輩が男とキスするのを永遠に動画にとっていたようだ。

そのことに気づいたのは二日酔いでベッドから抜け出せない翌日だった。いつもは記憶をすぐなくすのに、昨日のことは覚えている。なのにいつもより頭痛がひどい。最近飲むとすぐ頭が痛くなるのは正常なのか異常なのかわからなくて怖いね、とこのまえ同期と話した。

家にこもることにした(せざるをえなかった)のは自分の選択なのだけど、誰とも会わないとやっぱり寂しくて、彼に、ご飯食べない?と聞いたら、全然あり、と返されたけど、打ち上げにいこうかと思っていたことを告げられたので、いっておいでと伝えた。いいよと言われても彼の時間を自分だけのものにできないのは、見合う楽しさを提供できるかわからないという自信のなさからだろうか。嫌なものは全部自分の自信のなさゆえな気がしてくる。

昨日は私のすきな先輩のライブもあった。なんとかぎりぎり間に合って見れたんだけど、ライブ中に教室に入ってライブ後すぐ出ちゃったから私が見てたことに気づいてないと思う。最近片耳かけの髪型らしいことはほかの先輩のストーリーをみて知ってたけど、実物はもっとかっこよかった。だいすきだなと思ってずっと見てた。

ライブ前日から打ち上げいきましょう、と連絡してたのに先輩は来なかった。でも実はそれでもよくて、それなら今度ご飯いきましょうと誘うつもりでいた。なんなら2人だしそっちのほうがよかったかもしれない。

 

17時まえなのに天気が悪いせいで空は真っ暗でなんとなく鬱っぽい気分になっていたけど、いい音楽を見つけてすこし気分があがった。ご飯いきましょう、と送っといたメッセージにも、いく、と返信があって、感じていたさみしさはだいぶやわらいだ。

気分がよくなった私はひとりで外食することにした。

おいしいごはんは1人派なのだけど、ファミレスレベルのごはんはやっぱり誰かとがいい。

先輩とのご飯はどこに行こうかなんて考える。彼とは意外に趣味が合うのだ。

私が彼をすきすぎて、彼の好みをすきになってしまうからかもしれないけど。

 

そういえば、彼がいいねしていたnoteの記事の内容をみて微笑んでしまった。

だって絶対にあの内容は私のことを思い出したに違いないから。

 

あけないよるとねったいぎょ

 

朝5時までやってる居酒屋、くだらない話のあとは就活の話、賢い人と対峙するときは張り合わないこと、こっそりした甘い約束、温かいジャスミンミルクティー、渋谷からの始発、寄りかかるモーション、駐輪場前、守られない小さな約束が私を泣かせる、再三言ってるのにとかしょうがないけどとか守れない約束なんてしないでほしいのにとか会いたければってなんだよとか笑えない私をみた微妙な顔を思い出して、そんな顔するなら静かに振り回されてればいいのにとか私以外なんてどうでもいいじゃんとか言えないことばっかり。